学長による国立大学私物化の現状ー奈良女子大学の場合(松本 尚:2021 年 7 月 18 日)

 

学長による国立大学私物化の現状ー奈良女子大学の場合

松本 尚(2021 年 7 月 18 日)

はじめに

 奈良女子大学生活環境学部情報衣環境学科生活情報通信科学コースの松本尚と申します。所属名は長くて判りにくいですが、生活環境学部にある情報系のコースです。カリキュラムの内容は理系の情報科学科や情報工学科と大差はなく、卒業生の進路や就職先もほぼ同様です。違いは、サイエンティフィック・コンピューティングやビジネス・コンピューティングに焦点を当てるのではなく、今や生活と切り離せなくなった計算機システムや計算機応用製品を生活者の視点から捉えるライフ・コンピューティングに焦点を当てて、教育研究を行っています。

 ここ数年、多数の国立大学において学長の独裁的な大学運営と非民主的な学長選考が大きな社会問題となっています。奈良女子大学でも教職員の合意を取ることなく、大学の最高審議機関である教育研究評議会(以下、評議会)の決議すら経ずに、法人統合と工学部新設が決定されました。また、2020 年 11 月に行われた学長選考では、意向投票を廃止し、学長が任命した委員ばかりからなる学長選考会議が、次期学長候補として推薦された 3 名の中から、当時の学長を次期学長として選びました。少し詳しく経緯を述べたいと思います。

法人統合と工学部新設の経緯

 2019 年 1 月初頭の時点で執行部は奈良教育大学(以下、奈教大)と法人統合して、奈教大と共同で「教養教育重視」の女子の工学部を創ろうとしていました。学部の新設といっても運営費交付金の増額を勝ち取って大学の規模を拡大するという話ではなく、二大学の学生定員と教員定員をやりくりして新学部を無理やり生み出そうという話でした。2019 年の1月の半ばまで、私たち生活情報通信科学コースの教員は新設しようとする工学部の在り方や内容に何も意見を述べる機会がありませんでした。我々とは無縁に、少しずつ話が進んでいくので、研究を重視しないリベラルアーツカリッジ[8]型の工学部で働きたい人がいるなら、無関係な私が強く反対するのも野暮であろうと当時は考えていました。

 ところが、2019 年 1 月 9 日に学長が私たち情報衣環境学科のメンバと会合したいというメールが来て、学部長から資料が送付されてきました。その資料を読み解くと、情報衣環境学科を廃止とは明記されていないのですが、どう読んでも情報衣環境学科を廃止するとしか読めません。そこで、学部長に確認すると、執行部は情報衣環境学科を廃止するつもりだと返答がありました。これは正に晴天の霹靂で、我々は生活環境学部の中にある情報関連コースという稀有で無名な存在であるため、知名度向上の涙ぐましい活動(高校訪問等)を行って、やっと最近志望者がある程度見込めるようになった途端の話だったので、まったく納得がいきませんでした。しかし、すべて既定事項のように説明されて、非常に強い無力感に襲われました。

 学長との 2019 年 1 月 15 日の会合では希望者は工学部に移るように言い渡されました。返事は1月中によこせとも言われました。「希望者は」ととってつけたように言われましたが、これを断ると我々には居場所(仕事場)がまったくありません。しかも、移る先の工学部は研究を重視しないリベラルアーツカリッジ型の学部です。この学部の在り方の議論や基本カリキュラム作りにはまったく我々は参画させてもらえていません。

 学長との会合では、自分たちの専門を掲げて研究室を持って研究をできるということと、大学院は私たちが作りたければ作ってもよいということを確認しました。これらすら否定されていたら、話し合いの席を立つつもりでいました。しかし、これらは意外にもあっさりと認められました(だが後に反故にされます)。少しでも有利な条件を引き出せるように、我々はコース一体となって、行動することを選択し、「新工学部の学習可能分野を示す領域として情報工学(仮称)などの情報系分野を設定して、各個人が今までと同等以上に研究活動が行えるという前提のもと、生活情報通信科学コースの全メンバが工学部へ異動を希望します。」と返答しました。

 工学部への異動の返答の後で、評議会で工学部設置が否決されれば、この方針が覆る可能性があることを知り、我々はコース会議において全会一致で生活情報通信科学コースが生活環境学部に残れるのであれば、我々全員は生活環境学部に残ることを希望すると決議して、教授会で報告しました。つまり、工学部設置反対の立場を取る決断をしました。

 2019 年 2 月には男女共学の奈教大に女子だけの工学部を創ることを文科省に否定されたため、執行部は工学部を奈良女子大学(以下、奈良女)単独で創ることに変更しました。当初より、共同工学部案の無謀性は多くの教員から指摘されていたにも関わらず、ここまで執行部は強行してきたのですが、明確に駄目出しされて方針の大転換を迫られました。2020 年 3 月には工学部の設置申請を出したい執行部は、学内の工学部新設方針を含む法人統合決議を急ぎ、2019 年 3 月 15 日に全学説明会を開き、2019 年 3 月 20 日の評議会で決議を採ることにしました。この全学説明会における執行部の説明では、工学部の上に大学院を作れないことになっており、研究を行わないリベラルアーツカリッジとしての特徴が強調されていました。

 全学説明会において、私は会場で質問に立って、「執行部のやっていることはパワハラ以外のなにものでもない。」という趣旨の演説を行い、執行部は反論できずに黙り込んで全学説明会はそのまま閉会しました。「この執行部案が通ると我々は研究を重視しないリベラルアーツカリッジ型の工学部への異動を強要されます。私のような研究しか取柄のない人間にはこんなものはパワハラ以外のなにものでもありません。」と評議会メンバのうちの理解がありそうな人々に決議への反対を求めました。この経緯から、執行部は評議会での採決を延期しました。否決されるのを回避したと思われますが、あまりのやり方の汚さに私は唖然としました。

 工学部設置に向けたワーキンググループ(以降、WG)に 2 月から我々も加わっていました。私が出席した 2 月 13 日の WG では教養教育重視の工学部推進の中心人物である小路田副学長からは「我々は独裁者ではないので、(評議会の)表決を採る」と「表決で反対多数となった場合には、執行部の責任問題だ」という興味深い発言がありました。3 月のパワハラ発言によって、松本だけが WG から排除されました。生活情報通信科学コースのメンバを工学部に引き入れたいと執行部は考えているようで、他のコースメンバは、WG からの参加案内に否定的な回答をしたにも関わらず、排除されませんでした。しかし、我々は生活環境学部に残ることを希望するという態度を貫き、最終的に1名の脱落者(工学部への異動希望者)は出ましたが、残りのメンバ 5 名は生活環境学部に残ることになりました。

 その後、執行部は評議会での採決で執行部案が否決される可能性がある項目については、評議会の採決を回避するという暴挙に出ました。奈教大との法人統合については、「経営事案だから経営協議会で審議すればよい」という理屈で、評議会では審議すらさせず[1]、全委員を学長の一存で任命可能な経営協議会でだけ審議して[2]、理事のみからなる役員会で法人統合を決めました。工学部新設に関しては、「どういう審議を評議会で行うかは議長である学長が決める」として議論だけ行って採決は行わせないという暴挙にでました。2019 年 9 月 18 日の評議会[3]において、評議会メンバが強く採決を求めると記名式の意向投票のみ認めました。その結果は 2020 年 3 月に工学部設置申請を行うことに賛成 8 票、反対 11 票、白票 2 票でした。なお、賛成には当然執行部 5 名の票が含まれていると思います。このとき、記名の投票結果は投票者にすら公表されていません。単に、自分たちに反対する人間を炙り出すために意向投票させたにすぎません。そして、学長と学長が選んだ理事だけからなる役員会において2020 年 3 月に工学部設置申請を行うことを決定しました[5]。

 なお、役員会において決定する前に、2019 年 9 月 26 日の経営協議会において同案件について評議会における意向投票結果を踏まえて審議が行われました[4]。ある委員から,「反対者は工学部設置そのものを反対しているのか,それとも前倒しの設置申請に反対しているのか」との質問に対して,学長から「工学部設置構想については概ね賛成であるが,前倒しの設置申請を反対している教員が多い」との説明があったと議事要録に記録されています。しかし、この学長説明が虚偽であることを学長はよく知っていたはずです。なぜなら、9 月 18 日の評議会において、工学部異動予定教員の大多数が在籍する生活環境学部における意向調査の結果、申請時期に依らず工学部設置について賛成 16 票、反対 24 票、白票 8 票ということが報告されていました[3]。異動予定教員のほとんどいない他学部において生活環境学部よりも賛成が多いことは考えられません。 執行部が嘘の現状報告を行うことによって議論を誘導しているため、たとえ経営協議会にまともな委員が含まれていたとしても、公正な審議が行われることは期待できません。そして、執行部案が経営協議会において承認されてしまいました。

 工学部工学科の設置申請が 2020 年 3 月に文科省に提出され、その時点では、なんと執行部が異常に固執していた「教養教育重視」「リベラルアーツカリッジ型」という旗は降ろされていました。なぜ降ろしたかの理由は説明されていません。たぶん審査を行う工学部の先生方のネガティブな反応を恐れてのことでしょう。私がいくらそんな旗は駄目だと言っても聞く耳を持たなかったのですが、審査に落ちては仕方がないということなのでしょう。設置審査の一次審査結果では是正項目が5項目もあるさんざんな評価でしたが、修正した書類で再審査を受けた結果、多くの教職員の願いを裏切って、2021 年 1 月中旬に審査に通ってしまいました。

 

意向投票が廃止された学長選考

 2021 年 3 月末で今岡学長の 2 期目の任期が切れるため、2020 年 11 月から 12 月にかけて学長選考が実施されました。この学長選考において重要な役割を担うのは学長選考会議とその議長です。奈良女の場合、学長選考会議の委員は、理事から 1 名、評議会から 4 名、経営協議会の外部委員から 4 名の計 9 名の委員から成ります。そして、学長選考会議の議長は、9 名の委員の間の互選によって選ばれます。理事はもちろん学長が選んで任命していますし、評議会の委員のうち 4 人の部局長は、部局が推薦した 3 人の候補より 1 名を学長が任命し、この 4 名が慣例として学長選考会議の委員になっています。そして、経営協議会の外部委員は「評議会の意見を参考にし」学長が任命します。この規定では、学長の一存で外部委員を選任可能です。

 2020 年度の学長選考会議は、経営協議会から選ばれた外部委員が議長に就任しました。そして、その議長の下、文科省が出している国立大学法人ガバナンス・コード[9]に「学長選考会議は法人の長の選考に当たって、(中略)意向投票によることなく、自らの権限と責任において慎重かつ必要な議論を尽くし、適正に選考を行い、基準、選考結果、選考過程及び選考理由を公表しなければならない。」とあることを根拠に、文科省が学長に関する意向投票(昔の全教員による学長選挙)の禁止を望んでいるとして、意向投票を廃止してしまいました[6]。

 意向投票を行えば、独断専行を行っている現執行部が推す候補に支持がないことが露見することを恐れて廃止したとしか思えません。全大教[10]が文科省に問い合わせて、文科省が意向投票を禁止しているわけではないことが明らかになっても、奈良女の学長選考会議は意向投票廃止を譲ることはありませんでした。さらに、学長選考会議は次期学長候補に「法人統合を推進すること」「工学部を設置推進すること」を宣誓することを求めました。評議会で表決すら取られていない事項を、学長候補の要件としたわけです。この条件の下、当時の学長であった今岡学長がすでに 2 期 8 年もの任期を務めているにも関わらず、3 選に推薦されて立候補しました。他に 2 人の推薦による立候補があったのですが、学長が選んだ委員からなる学長選考会議で学長以外の候補が選ばれるはずもなく、予想通り今岡学長が次期学長に選ばれ、2021 年 4月からも学長を勤めています。

 

学部選出評議員の指名拒否

 評議会は各部局の長(3 学部+1 研究科の 4 名)と各部局が選出した各 2 名の評議員(計 8名)と学長と理事 5 名と理事ではない副学長 6 名の計 24 名から成ります。理事ではない副学長という役職員は平成 27 年度には 1 名もおらず、ここ数年の間に強引に増員されたものです。理事ではない副学長は理事同様に学長の一存で任命可能であり、学長に逆らうことは極めて難しい立場です。さらに、2021 年 4 月からは工学部設置準備室会議から学部長就任予定者 1名と評議員 1 名の 2 名を評議会に加えることになりました。ますます、学長の意向に逆らえない委員ばかりになっているわけです。

 評議会の委員である各部局長は部局が選挙で選んだ 3 人の候補から学長が 1 名を任命します。私が所属する生活環境学部と人間文化総合科学研究科では、部局長候補 3 人に学長のイエスマンを含まない選択をして、評議会に学長の言うことを鵜呑みにしない委員を送り込むことに成功しました。この結果からも判るように、学長選考時に全教職員による意向投票を行っていれば、今岡学長の得票率は極めて小さかったと思われます。

 生活環境学部と人間文化総合科学研究科は、学長による部局長の任命に引き続いて、評議員各 2 名の選挙を行いました。そして、これらの評議員 4 名にも学長のイエスマンを含まない人選ができて、私は喜んでいました。しかし、生活環境学部が選んだ評議員候補 1 名に対して今岡学長は前代未聞の指名拒否を行いました[7]。奈良女の規則では学長による指名拒否など想定していないので、指名拒否された場合の対応ができず、現在大混乱になっています。従来、指名は形式的な行為だったのですが、急に実質的な権限に変更されました。この点は、学術会議の会員任命拒否問題と同じ構造です。

 学長は「指名責任というものを考える時、この度の学長選考に関わって公で次のような文書を提示し、学長選考会議議長への不当な圧力を加えようとした者を、たとえ部局の推薦があったとしても評議員に指名することはできません。」として、A 教授の指名を拒否しました。以下に問題とされた教職員組合共催の緊急フォーラムでのスライドを示します。

 

以下は、生活環境学部教授会で学部長が読み上げた学長文書「評議員の選任についての立場」
の要旨です。
「A 教授が評議員に相応しくない三つの理由は以下のとおり:

  1. 学長選考会議にいかなる圧力も加えてはならない。 激励であれ、抗議であれ圧力を掛ける行為である。
  2. 多数の読み手に議長に激励の手紙を出しましょうと呼びかけていることが、 威力業務妨害罪に当たる可能性がある。
  3. 「不透明な選考をすると何々新聞の何々記者にタレこむぞとか書いては ダメです」という文章は明らかに脅迫文である。自らの主張を通すためなら刑法上の犯罪さえ犯しかねない人物が本学評議員に適しているとは私は思わない。」

 

 以下に、これら三つの指名拒否理由について私の反論を提示します。学長選考会議議長に「公明正大な学長選考を行って欲しい」という願いを届けることは労働者として当然の権利であり何もおかしくない。学長の解釈は、「公明正大な選考を行ってもらいたくない」人間のうがった解釈である。学長選考会議の委員を任命できる立場の学長が、次期学長候補として立候補することこそ選考会議に対する圧力以外の何物でもない。

 2.に関しては、2021 年 3 月 31 日に開かれた教職員組合大学分会主催の学習会において笹山尚人弁護士(東京法律事務所)により完膚なきまでに否定された。A 教授の発言や文章は表現の自由で「保障の対象であることは疑いない」。「威力業務妨害罪はとうてい成立しない」。指摘の文章が脅迫文でないことは明らか。百歩譲って、たとえ、「不透明な選考をするとタレ込むぞ」と誰かが議長に手紙を出したとしてもこれが脅迫になるという感性が信じられない。不透明な学長選考が行われれば、マスコミにタレ込む方が正義である。

 学長の指名拒否理由は到底納得のいくものではなく、3 月 19 日の生活環境学部教授会において、学長の主張を受け入れるか否かという決議を行って、賛成 5 票、反対 40 票で受け入れられないと決議されました。その後、笹山弁護士を招いた学習会により A 教授の行為が犯罪である可能性がなくなったため、4 月 21 日の教授会において、即時 A 教授を評議員として指名するように学長に要求する意見書を出すことが決議されました。5 月の教授会において意見問題とされたスライド(赤字箇所が実名=すべて公開情報)書の文面が確定し、6 月 2 日に中山生活環境学部長が今岡学長に手渡そうとしました。しかし、学長は意見書の受け取りを拒否しました。意見書の受け取り拒否を受けて、文科省法人支援課に「国立大学法人法の下では、教授会から学長に意見書を具申することもできないのか」と質問したところ、「国立大学法人法には意見書に関する記述はない」というだけのふざけた回答が返ってきました。文科省には学長の独断専行をなんとかしようという意思がまったくないようです。

 もはや、学内や文科省レベルでは、この指名拒否問題を解決する手段がないので、外部機関による解決を模索するしかなくなりました。まともな理由もないのに指名拒否を行った行動は、学長によるパワーハラスメント(以下、パワハラ)以外の何物でもありません。しかも、教授会という公的な場で、A 教授を一方的に犯罪者呼ばわりしたことも、パワハラであり同時に名誉棄損でもあります。そこで、A 教授ならびに弁護士さんと相談の上、裁判を起こすことにしました。刑事犯罪としての要件が少し弱いということで、損害賠償を求める民事訴訟を提訴することになりました。そして、パワハラという個人の資質に基づく行為に関する訴訟であり、執行部に振り回されている事務職員の人たちに余計な負担をかけないため、今岡学長個人に対する訴訟を起こすことを強く希望したのですが、「国立大学法人の学長が学長として行った行為に関する訴訟は国立大学法人を相手に起こすしかない」と弁護士さんたちから説明を受けました。そして、2021 年 7 月 15 日午前 10:15 に奈良地方裁判所に A 教授を原告とし国立大学法人奈良女子大学を被告として学長によるパワハラを理由に 330 万円の損害賠償を求める民事訴訟を提訴しました。午前 11:00 からは、提訴に関する記者会見を行いました。なお、筆者は訴訟の担当をお願いした弁護士さんたちの依頼人二人のうちの一人です。依頼人のもう一人は原告の A 教授です。

問題の本質

 法人統合、工学部新設、学長選考、学部選出評議員の指名拒否といった大きな事案に関する学長ならびに執行部の非民主的行為について書いてきました。その他にも、小さな事案まで含めると、執行部による大学の私物化の事例がたくさんありますが、文章が長くなるので本稿では割愛します。国立大学の資本家でも出資者でもない学長とその取り巻きが国立大学を独裁・私物化できるのは、国立大学法人法が学長を絶対権力者として規定しているからです。国立大学の学長は学長兼理事長であり、大学の最高責任者であり、評議会と経営協議会の議長であり、それらの委員を任命ないし指名することができます。さらに、大学の最終決定権は学長と学長の一存で任命される理事からなる役員会にあります。また、各部局の教授会の権限はどんどん小さくされており、学長に進言すらできないありさまです。そして、この学長への権力の集中による独裁・私物化を「リーダシップ」とか「トップダウン」とかいう美名で誤魔化しています。国立大学法人法施行以降の国立大学には大学の自治や学問の自由なぞ存在しません。

 このままでは、日本の国立大学は滅びます。早急に民主的な手続き抜きでは大学の運営ができないように法律を改正するべきです。権力は腐敗するものですから、簡単に独裁者になれる法律など決して成立させるべきではありません。少なくとも、最高責任者は全教職員による選挙で選ぶべきですし、最高責任者の任期中も部局から選ばれた委員が多数を占める評議会が執行部の行動を監視できる体制をちゃんと創るべきです。

 この大欠陥法律である国立大学法人法によって、政府や文科省や財界が何をしたいのか考えてみると、証拠を示すことはできませんが、独裁者となった学長・総長と結託することにより、自分たちの思うとおりに国立大学を操ろうとしているとしか思えません。

国会審議中の国立大学法人法の改正に関して

 福岡教育大学、大分大学、旭川医科大学といった各地の国立大学で学長(または元学長)の横暴な振る舞いが大きな問題になっています。また、東大や筑波大を始めとする多くの国立大学においても、透明性が確保されていない非民主的な学長選考の方法について教職員からクレームが上がっています。政府・文科省も一部の学長の暴走は無視できないと考えたのか、国立大学法人法の改正案に学長を監視する機能の強化を謳っています。しかし、その方式が非民主的なものであるため、私は学長による国立大学の独裁・私物化を止めるにはほど遠いと考えています。政府案では学長選考会議の学長監視機能を強化して、学長選考会議を学長選考・監察会議とすることになっています。つまり、学長選考・監察会議に監事も加わることになり、監事が学長の暴走を監視する任に就くことになります。本改正案成立前も成立後も、監事の選任方法に関しては、文科省が任命することになっています。これまでは、学長が推薦した監事を文科大臣が任命するやり方でした。これでは、政府・文科省が学長に口出しする権限は強化されるかもしれませんが、教職員の立場から学長の暴走を止める防波堤にはなり得ません。それどころか、政府・文科省と学長が結託した場合には、これまで以上に国立大学の独裁・私物化が可能になってしまいます。また、奈良女で大きな問題となっている経営協議会の外部委員の任命方法もまったく変わりません。これでは、やはり学長の一存で選んだ委員が学長選考・監察会議で過半数を占めることは変わりませんので、民主的な学長選考にはほど遠いと思います。大学の最大のステークホルダーである教職員と学生の意見を反映できる仕組みを早急に国立大学法人法に取り入れて下さい。私の記憶が正しければ、日本は民主主義国家だったはずですよね。

謝辞

国立大学法人法改正に関して、明治学院大学社会学部石原俊教授から情報をいただきました。改正案をよく知らなかったため、非常に参考になりました。ありがとうございました。また、本稿はオープンメディアの「教育改革通信」272 号に掲載された原稿を加筆修正したものです。元原稿を書くように勧めてくださった恩師である菅野礼司先生に感謝いたします。

参考資料

[1] 奈良女子大学: 第243回 役員会議事要録, 平成31年4月25日開催,
http://www.nara-wu.ac.jp/nwu/intro/institute/gijiroku/yakuin/pdf/H31R1/yaku243.pdf
(令和 3 年 5 月 6 日確認).法人統合と工学部新設の審議の分離、法人統合は経営協議会でのみ審議

[2] 第63回国立大学法人奈良女子大学経営協議会議事要録, 令和元年5月29日開催,
http://www.nara-wu.ac.jp/gijiroku/keiei/R1/kei63.pdf, (令和 3 年 5 月 6 日確認).法人統合の協定案の承認。

[3] 奈良女子大学:第175回 教育研究評議会要録, 令和元年9月18日開催,
http://www.nara-wu.ac.jp/nwu/intro/institute/gijiroku/kyoiku/pdf/H31R1/hyou175.pdf
(令和 3 年 5 月 6 日確認).工学部の 2020 年 3 月の設置申請に関する意向投票

[4] 第65回国立大学法人奈良女子大学経営協議事要録, 令和元年9月26日開催,
http://www.nara-wu.ac.jp/gijiroku/keiei/R1/kei65.pdf
(令和 3 年 5 月 6 日確認).評議会の意向投票結果を受けた経営協議会

[5] 奈良女子大学: 第256回役員会議事要録, 令和元年9月27日開催,
http://www.nara-wu.ac.jp/nwu/intro/institute/gijiroku/yakuin/pdf/H31R1/yaku256.pdf
(令和 3 年 5 月 6 日確認).工学部の 2020 年 3 月の設置申請を決定した役員会

[6] 奈良女子大学:令和2年度 第3回学長選考会議議事要録, 令和2年8月17日,
http://www.nara-wu.ac.jp/nwu/intro/institute/gijiroku/senko/PDF/R2/senkoR203.pdf
(令和 3 年 5 月 6 日確認).意向調査廃止の決定

[7] 奈良女子大学:第192回 教育研究評議会要録, 令和3年2月17日開催,
http://www.nara-wu.ac.jp/nwu/intro/institute/gijiroku/kyoiku/pdf/R2/hyou192.pdf
(令和 3 年 5 月 6 日確認).評議員指名拒否

[8] ウィキペディア(Wikipedia): リベラル・アーツ・カレッジ,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%99%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82
%A2%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B8

(令和 3 年 5 月 7 日確認).
[9] 文部科学省、内閣府、国立大学協会: 国立大学法人ガバナンス・コード,
https://www.janu.jp/univ/code/, (令和 3 年 5 月 7 日確認).
[10] 全国大学高専教職員組合, https://zendaikyo.or.jp/,(令和 3 年 5 月 7 日確認)